karatachi log

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馬鹿者な若者が世の中を語るイタいブログ

医学部入学は本当に正義か――賢さを捨てた英才たち

 今、頭のいい受験生たちは医学部を目指すのが流行らしい。その理由は安定した収入と地位だと聞いて驚きを隠せない。「少年よ大志を抱け」この言葉は今の時代、綺麗事になってしまったのだろうか。
 
こんな記事もあった
「基本、スマートフォンスマホ)はまだダメ。ラ・サール生はフェース・ツー・フェースでコミュニケーション力を高め、人間関係を学ぶことが大切です」。ドミンゴ校長はこう強調する。今どき珍しいが、寮生はスマホは禁止だ。一人でゲームアプリで遊んだり、LINEに興じることは許されない。
 (記事から引用) 

 

驚いた。今時スマートホンを持つこともできないとは(ネットが禁止とは書いていないが、おそらく禁止なのだろう)。昨今の社会は良くも悪くも情報にあふれ、今日知った情報が十日後にどれほどの価値を持つのかも予想できない。めまぐるしく変わる社会では必要とされる人材、職業も日々増えているというのに、秀才の彼らはその情報に触れる機会が少ないのではないだろうか。そんな環境で夢を抱くことはできるのか、就きたい職業に出会うことができるのか、小市民の私は疑問に思ってしまうのだ。私はインターネット上のニュース記事やサイトを見て学び、興味のある分野を発見したし、学部や学科はその興味のある分野から逆引きして見つけた。インターネットがなかったら私はどこの学部を受けていたのか想像もつかない。これは勝手な想像にすぎないが、夢の畑への道を断たれた彼らがもはや自動的に医者となる道を選んでいるとしたら、それは残念なことではないだろうか。
 
 ところで、最近の偏執的な医学部志望を批判する際に、「医者になる覚悟が本当にあるのか」とか「医者とは尊い職業で……」など述べる記事や御人がいるが、果たして本当にそうだろうか。私はそうは思わない。患者の腫瘍を摘出し命を救う行為が尊いのであれば同様に、自動車が事故を起こした時に人を守る技術を開発する研究もまた尊い。その研究者が尊いのであれば、その研究者が食べる食べ物を作る生産者もまた尊い医者とは尊い職業であるが、医者だけが尊い職業であるわけではない。どんな仕事も人を殺す可能性も生かす可能性も孕んでいる。どんな仕事にかかわるにせよ、覚悟というものは本来必要なはずだ。サントリーの缶コーヒー・BOSSのCMの一言が印象深い。
 
世界は誰かの仕事でできている
 
職業に貴賎なしとはよく言うが、正にその通りだ。医者という職業は確かに人を直接的に救うが、それと同時に、誰にとっても無益な仕事などない*1。医者だけが尊い職だと思うのはあまりに視野が狭すぎる。
 医者にだけ秀才が集まるというのは日本の社会にとって大問題だ。どんな分野にも秀才は必要で、医者だけが秀才集団になったところで救える命は少ない。癌が100%治せるようになっても、50%の飛行機が墜落するようになってしまっては素晴らしい社会とは言える訳がなかろう。
 無論、秀才たちにわざわざ安月給の会社に入って働いてくださいと言いたいわけではない。しかし、私たちは日々囲まれる安全な物たちに慣れすぎて、その存在の尊さを忘れてしまってはいないだろうか。たくさんの人々の苦労の上に私たちの生活があること、それらに正当な対価が払われているのかをもう一度考えるべきなのではないだろうか。
 
 秀才たちに夢がある社会であって欲しい。秀才たちが夢を描き、その夢を叶えるために研究できる社会であってほしい。その方が彼らにとっても賢い選択なのではないか、と馬鹿な私はそう思ってしまうのだ。

*1:誰にとっても無益な行為は仕事ではないだろう